昨年2月、京都と渋谷のクラブで彼の自伝的映画『B-Movie:Lust & Sound In West-Berlin 1979-1989』を上映するイベントのためにマーク・リーダーが来日した。その付随イベントとしてDOMMUNEにてこの映画とマークの半生を振り返る番組が企画されて、旧知の仲の石野卓球、TOBYと一緒に僕も出演した。ニューウェイヴ、パンク時代の貴重な写真や音源と共にすごく盛りあがったこの番組の最後の方で紹介されたのは、かつての東ベルリンのようにマークが現在魅力を感じているのは中国で、中国の若手バンドをプロデュースしているという興味深い話だった。実はマークの近影として番組バナーに使われていた画像でも、そのバンドSTOLENのメンバー(後ろを向いているので顔は見えない)とマークが中国の街を見下ろすビルの屋上で、一緒に写真に収まっていた。
知らない人もいるかもしれないので、念のためマーク・リーダーの信じられない経歴をおさらいしておこう。マークはマンチェスター出身のイギリス人で、デヴィッド・ボウイを追うように1978年に西ベルリンへ渡ると、そこで自らのバンドを組んだりドイツ人バンドのマネージメントを手がけ、一方でマンチェスターのファクトリー・レコーズのドイツ窓口としても活動していた。ジョイ・ディヴジョンやニュー・オーダーのベルリン公演を企画し、バーナード・サムナーをゲイ・ディスコに連れて行ってニュー・オーダーがエレクトロ路線に進むきっかけを作ったのも彼だ。一方で東ベルリンをたびたび訪れると、秘密警察の目を盗んで西側から持ち込んだカセット・テープを配ったり、教会ならどんな音楽でも演奏できるというルールを逆手にとってパンクのライヴを行うなど、まだバリバリの共産圏だった東ベルリンで危険な活動を展開していた。
89年にベルリンの壁が崩れてドイツがひとつになると、マークはその頃から盛り上がりを見せていたハウスやトランスに着目し、東ドイツのレコード会社の一部門としてインディー・レーベルMFSをスタートさせる。ここからは多くの作品がリリースされヒットしたが、中でもトランスDJのトップに君臨しつづけるポール・ヴァン・ダイクを見出しデビューさせたことは特筆に値するだろう。また、電気グルーヴの「虹」をラインセンス・リリースしヒットさせたことで、電気グルーヴや石野卓球がドイツで活動を本格的に開始するきっかけを作ったのも彼だった。
「最初の曲のイントロで、もう観客は爆発した。身震いするような瞬間だったよ。僕自身、あんな感覚は何年も体験したことがなかったし、聴衆の間に波打つように興奮が伝わっていくのがわかった。すぐに、自分は今すごいモノを目撃しているぞって気付いたんだ。STOLENは、希望のエネルギーみたいなものを送り出してて、それがすごくポジティヴなエネルギーだって感じた。クリシエみたいに聞こえるかもしれないけど、あのときの感覚は、最初にジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーを見たときに感じたのと同じようなものだった。本当に、スペシャルで、エキサイティングなステージだったんだ。あの瞬間から僕は彼らに夢中になってしまった」 マーク・リーダーは成都のフェスティヴァルで初めてSTOLENのライヴを見たときのことを振り返ってこう回想している。成都郊外の林の中で2017年に開催されたそのフェスに、やはり映画『B-Movie』を上映する機会があってDJと映画のプレゼンターとして招待されたマークは、そこでヘッドライナーとして演奏したSTOLENと運命的な出会いを果たしたのだった。
STOLENは、中国の四川省にある成都で2011年に結成された6人組のバンドである。バンドのリーダー、リャン・イーは中学時代に周囲が法律スレスレの悪事を働いてスリルや楽しみを見出しているような田舎の生活に嫌気がして、成都にある音楽系の高校(四川音楽学院)へと進学することを決意した。この学校でメンバーが出会い、バンドを結成する。リャン・イーは最初、学校の先生が教えてくれた欧米のロックの中でも、ポーティスヘッドとジョイ・ディヴィジョンに特に惹かれたという。そして、香港にクラフトワークが来たとき、家族や友達から借金をしてまでコンサートを聴きに行って、シンセサイザーやエレクトロニック・ミュージックの可能性に衝撃を受け、そこからエレクトロとロックを融合させた現在の音楽スタイルを切り拓いていった。
「クラフトワークのライヴを観たあと、僕らは自分たちのサウンドにもっとエレクトロニックな要素を融合させるようになった。サンプリング、シンセを大幅に増やしたのはもちろん、ヴォーカルにもシンセ的なエフェクトを加えたし、ドラマーの演奏と併用する形でドラムマシンも使いはじめた。それから僕はエレクトロニック・ミュージックの作り方を学んで、それをロック・バンドとしてのセットアップの中でどう活かすかを模索し始めたんだ。メンバーみんなでいろいろ実験してね。そうやって今のバンドのサウンドが形作られていった」とリャン・イーは回想する。
STOLENのメンバー構成はなかなかユニークだ。シンガーのリャン・イーがリーダー格であることは間違いないが、メンバー6人全員がそれぞれ重要な役割を担ってバンドに貢献している。なかでもユニークなのは、フランス人VJ、Formolの存在だ。彼が成都で2010年にバーをオープンし、大学生になっていたメンバーたちがその店に通っていたことで顔馴染みになり、次第に共通の音楽趣味を通して打ち解けていく。あるとき大きなフェスに出演することになったSTOLENが、ステージ横の巨大なスクリーンにきっと主催者がどうでもいい広告等の映像を流すだろうから、そんなものの代わりにオリジナルの映像を流したらどうかと映像を作れるFormolを誘って以降バンドに参加することになったという。現在の彼の役割は、ステージでのVJ以外にもライヴの撮影やミュージック・ビデオの制作など多岐に及ぶ。ちなみにFormolは、生物の標本に使われる液体、ホルマリンを意味する。
STOLENは2015年、中国のインディー・レーベルよりデビュー作『LOOP』をリリースする。この作品の最後の曲は中国語で歌われていて、現在の彼らのスタイルとは違う趣がある。やはり中国では他に例がないというテクノとロックを融合させた新しい音楽をやっている彼ら。国内のシーンよりも、主に海外での成功に目を向けている部分もあるのだろうか。
「そう、実はかつてはすべて中国語で曲を作って歌っていたんだ。中国語で歌うことに抵抗があるってワケでもないし、また将来世界に向けて自分たちの言語で歌うかもしれないけど、世界のもっと幅広いオーディエンスに聴いてもらうためには、やっぱり皆が親しみのある言語で歌わなきゃと思った。それに、韓国の映画やK-Popのおかげで欧米のオーディエンスがアジアに注目するようになったよね。“江南スタイル”をマドンナみたいなビッグなアーティストがプッシュしたのも大きい。もちろん、こういうポップな音楽と僕らのやってることは違うけど、こういうヒットのおかげで外からアジアを見る目が変わってきたし、アジアから出てくる新しいサウンドを探求するような流れが生まれたと思う。現在、中国は固定した音楽的イメージを持ってない。だから、僕らが新しい中国音楽のクールなイメージを象徴できればいいなと思うんだ。コマーシャルなポップじゃなくて、フレッシュでアンダーグラウンドな世界から発信される信頼できる音楽の代表者になりたいんだ」
2018年にSTOLENは成都でのレコーディングに留まらずベルリンにまで渡り、マークのプロデュースの下、本作『Fragment』を完成させた。大元のアイデアはバンドのものを尊重し、マークは英語の歌詞を書くのを手伝い、どんなサウンドを選び/使って最終的に一体となった曲として仕上げていくのに尽力したという。アルバム全体を聴いてもらえれば、ダークでゴス的な雰囲気をまといつつ、DJカルチャーのダイナミックで骨太な血もしっかり受け継いでいる斬新さに終始ワクワクさせられるはずだ。
歌詞は中国政府の検閲もあるので、抽象的だったりはっきりしたイメージを抱きにくい面もあるが、発達した先端工業と2000年の伝統文化、中央の統制と新しいカルチャーが交錯する複雑な現代中国に生きる若者たちの姿が垣間見えて興味深い。中でも注目したいのは、彼らの転機となったクラフトワークを一部モチーフにしたような“Why We Chose to Die In Berlin”だ。ユニークな歌詞の内容に反して、この曲はバンドがまだベルリンに行く前に書かれたというのもおもしろい。
また今回、日本盤がリリースされるのに伴って、いくつかエクスクルーシヴなリミックスが収録されている。その感想をリャン・イーに訊いてみると…
「どれもとてもいいよね。個人的にリミックスっていうのは、他のジャンルの人がやってくれて、でもオリジナルの全体的なフィーリングは残すように頑張ってくれたものがおもしろいと思うんだ。だから、テクノを象徴するようなアーティストである石野卓球が参加してくれたのはとても良かったよ。バンギンなDJツールでありながら、原曲の要素もみんな入ってるからね。日本の若いアーティストA-beeのリミックスも驚きがあって、素晴らしい曲の解釈を聞かせてくれた。それと、NYのアーティスト、ザッカリー・アレン・スターキーのリミックスもクレイジーで、これはCDには収録されてなくて配信オンリーなんだけど、ぜひ聴いて欲しいね。このリミックスのアイデアは、中国と日本とアメリカのアーティストの間のギャップをつなぐ文化的な橋みたいなものになったらいいというところから来てるんだよ」
電気グルーヴや石野卓球が90年代にどういう経緯でドイツやヨーロッパに進出し、影響を広げていったかを知る我々にとっては、今回の卓球のリミックスは格別だ。現在も続くマークと卓球の関係もだし、マークがずっと休止させていたレーベルMFSをSTOLENのために再始動したというのもグッとくる。
「かつて卓球とマークが出会ったのと、僕らが一昨年マークと出会ったのは、とても状況や立ち位置が似てると思うんだ。彼らの逸話をマークに教えてもらったけど、僕らも同じように国際的な音楽シーンに打って出て、ブレークできたら最高だなと思ってるよ」
今秋にはニュー・オーダーのサポートアクトとして欧州ツアーに同行することが決まったSTOLEN。「本当に夢が叶ったよ! こんなことが可能だなんて思いもしなかったから。ずっと大好きだったニュー・オーダーが、僕らの音楽を気に入ってくれて、ステージに呼んでくれるなんてものすごく光栄だし、特別なこと。彼らのファンにもぜひ僕らの曲を聴いてもらって、好きになってもらえたら最高だね」とリャン・イーは興奮気味に言う。その後は、せっかく地理的にも近いのだし、日本でもそのパワフルでヴィジュアルも凝ったライヴを見せてほしいものだ。ちなみに、メンバーの何人かは訪日の経験があるし、YMO、坂本龍一、P-MODEL、Phew等のアーティストが好きなのだそう。フジロックやサマソニなんかに呼ばれたら、盛りあがりそうだなぁ!
(text : Kengo Watanabe 2019/07/28)